はじめてわたしの面会中にリハビリの理学療法士さんがきた。看護師さんから昨日もリハビリがあったと聞いていて、いま一体どんなことをやるのか、聞き出してはいたのだけど、もともとこの病院のリハビリに興味しんしんだったので、色めき立ってしまう。
のゆに会いに行くと必ず足をさすったり、口の周りや顎のしたや耳のうしろや、触れるところはぜーんぶ、触っていたけど、マッサージで心拍数上がっちゃったらどうしようと内心思って、じつはけっこう、控えめにしていた。今日の理学療法士さんに、マッサージをしたり、足を曲げ伸ばしさせても良い!と言われたので、さっそく、いつも足をさすりながら歌う、くつをみがこう、の歌を歌いはじめて足をなで上げると、信じられないくらいすばやく、一瞬、の3倍くらいのあいだ、のゆが、突然笑った、ほんとにうれしそうに、ちゃんと笑ったのだった!
ICUにいるのゆは、いちにち、いちにちと回復し、行くたびに今日はここが落ち着いた、今日はこの点滴が外れたとニュースが聞けているのに、わたしの気持ちがいまいちはれなかったのは、のゆが笑わないからだった。鎮静剤でぼんやりしているのかな、と思ったし、実際笑うのはまだしも、それだけ感覚がはっきりしてきて泣かれたら、辛いだけだと思うのに、やはりのゆがいつもつまらなそうに寝ていて、表情がまっさらなので、いつも胸の中は不安だった。それが一瞬でかき消される笑顔だった。手術が終わってからの日々でわたしは初めて、泣きそうになった。
笑った顔がほんとーうに、天使だよね!と、色々な人に言われていた。月並みな言い方だし赤ちゃんとしてはそれは普通の現象だと知っている。それでも、そう言いたくなるくらい、のゆの笑顔には驚きがある。普段のかおとが無愛想とかつまらなそうとか怒ってるとかそんな風には誰も思わないのだけど、笑顔を見たとき初めてその落差に気づき、階段から落っことされたみたいにびっくりしちゃう、そういう笑顔。曇っても翳ってもいない空に、急に雲が割れて白い光が溢れてきて、それまで気にもしていなかった雲を光の海のように照らし出す。そんな笑顔。それがなんなのかはわからない。人見知りがはじまって、笑っていない時間がふえたからなのかもしれないし、だから笑い顔を見た人がみんなびっくり!と言うのかもしれない。それともなにか、やっぱりほんとは、まほうを秘めているのかな。雨あがりの白い夕方、まほうにかけられたわたしは、ぼんやりとタクシーに乗っている。