わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。

21トリソミー、ダウン症を持つ三人目のこども、のゆりとの日々。きょうだいブログ『あおとわたし』(https://aoinotediary.hatenablog.jp/)も始めました。

とても、おもしろかったから

納豆巻きとうどんばかり食べたがるわりに、のゆりは回転寿司が好き。ソファ席にぬいぐるみ(はなちゃん)も座らせて、水も注いであげておしぼりも配って、万歳して喜んでいる。「びっくらぽん」を覚えていて、キラキラした目で機械を見上げている。時々思い出したように「これやりたーい」と、指をさす。前に2人で来た時は10皿行かず、びっくらぽんのチャンスは1回。何も当たらずだった。今日はわたしもちょっと頑張って2人で10皿!2回目のびっくらぽん。さっきと同じ柔道のアニメーションで、終わったと思ったら続きが出て大逆転。「あたり」と出た。ピンクのカプセルが転がって来る。景品は日焼けシナモンロールの缶バッジだった。やったー!やったー!と、また万歳。その姿を見ると、ずいぶいろんなことがわかっているんだなと感心してしまう。あたったりあたらなかったりするっていうこととか。

 

 

近くのアスレチック公園で遊んでいたら、「ママーこわーい!」と言う声。見まわしたら、あおいがよく登っている、空にそびえる高いアスレチック台の上にのゆりがぺたんこになっていた。「ママーこわーい。おりれないよー」。わたしだって怖い。抱っこして降りるのも怖いし少しの手伝いで降ろさせてネットの隙間から落ちたらどうなるだろうなどと考えたら、絶望的。「ひとりで降りれないところに登らないでよ!」とつい文句を言うと「だっておもしろかったんだもん!」と半泣きの声でのゆりが答えた。驚くほど、瞬時に。筋道の通った答えだった。それが打てば響くように返ってくること。

「そうかあ…おもしろかったかあ…」

のゆりを後ろ向きにかかえて、足を遊具の網目に乗せてあげた。こうして一段づつ一緒に降りていこうとおもったら、のゆりはすぐに「だいじょうぶ!1人でできる!ママおりてて!」と言い出した。「撮っていいよ!」と、付け加える。わたしはあわてて降りてスマホをかまえる。ひたひたと、感動した。

 

しくしく泣いて、カルタをして。

のゆりの学校公開だった。1時間目道徳、2時間目生活単元、3時間目は親向けの講演会で公開はなく、4時間目が体育。4時間目まで見学して下校を待ち、連れて出かける予定だったので、1時間目はパスして2時間目から行った。「ママー!ママきたー!」と先生に嬉しそうに報告するのゆり。何かにつけて振り返り、ニコニコ。体育の着替えも、「あそこの部屋で(介助の)先生とお着替えしてきて」と言われると「ママとがいい」と言って、でも結局その部屋は職員室の一角で親は入れないと言われて先生と着替えに行った。3時間目の後は中休みなので、休み時間が長い。校庭に出てクラスメイトのSくんも交えてボールで遊んだ。そのあと「ママはお話を聞いてくるから、また体育の時にね!」と言い聞かせて「うん!」とのことだったんだけど。4時間目に戻ると担任の先生に、「3時間目はママがいないって言って寂しくなっちゃったみたいでシクシク泣いていました」と言われてびっくりした。「ええ?お話聞きに行くからまた後でね、って言って、うん、って言ったのに!」と。「カルタをやって、元気を取り戻しました」とのこと。最近私が夜出かける時も、玄関で明るく見送ってくれるのにたいていそのあと「ママ帰ってくる?」と言い続けて、シクシク泣くらしい。おっととしては聞かれ続けるのが面倒くさいらしい。たいていはあおいが急に兄らしさを総動員して優しくしてくれるのだけどあおいも面倒だと感じる日がもちろんあるようで、今日わたしが初の鍼灸医院から帰宅すると目と鼻を真っ赤にしたのゆりがソファに座っていた。わたしがいなくても寝れるようになっているのに。一緒にいたのにいなくなると不在に耐えられないらしいのゆりのこころ。その時どんな悲しみが溢れているのか、急にこんなふうになったので大変、不思議。

のゆりの自転車

のゆりが自転車置き場から自転車を上まで引っ張ってこれるようになった。そこそこきついスロープで、2回も方向転換するうねった駐輪場だ。最初はスロープを押して上がるのも難しかったのに方向転換も2回1人でこなしたのでびっくりする。片付ける時は下りなのでわたしが手伝う。平地に着くと「ママはここ!1人でできる」と自分で自転車をラックに戻しに行った。

自転車にまたがっている時間より降りて遊んだり立ち止まったりこうして出し入れしている時間のほうが長いくらいだけど、このスロープも訓練だと思ってこまめに「自転車やりたい」というリクエストには応えてきた。そのうちペダルも漕げるようになるかな。まだ外してあるペダルは、自転車を貸していた糸ちゃんが返してくれた紙袋に入ったまま、玄関に隠されている。

フラダンスに行きますか?

今日は半年以上ぶりに、親の会のフラダンスのレッスンに行った。初めて行った時は可愛いスカートに喜んでハマっていたのゆも、すぐに何もしなくなったのだけど、昨年は前半の準備体操だけはわたしとやるようにやっていた。でもダンスのふりは一切しない。寝そべってみているとか端っこにいる。お人形で遊んだり、または同じように端っこで見学している、お友達のお姉ちゃんをじっと見ていたりする。毎月欠かさず通ってメンバーや先生との関係がよほど強くできてくれば変わるのかもしれない。そう思ったのは昨日、療育先でmusic togetherのクラスに久々に参加して、そこそこ楽しそうにやっていたと報告を聞いたからだった。music togetherには小さい時何年か通った。のゆは一切何もやらず、ずっと端っこ見ているのでもどかしくて、抱っこしたりおんぶしたり、今日は少し参加した、楽器のコーナーだけは嬉しそう、などと一喜一憂するのにわたしが疲れて行くのをやめたのだった。

昨日は親の講座の間の託児として、そのクラスに入れてくれると言うのでお願いした。数年ぶりのmusic togetherだったけど、毎週通っている療育先なのであまり構えず参加できたみたい。フラもそのくらいになればやるのかなあ、と思うけど、なにしろ月に一度だし、何かと予定も重なって休んでしまうし、初めて参加してから3年くらい経つけど一向に変わる感じがなく今日に至っている。

 

来年度、開催週が変わるのを機に一度やめようかと思うのだけど久々に行けば行ったでわたしは楽しくて(基本的に踊るのは好きだ)、ついのゆに「可愛いスカートあるからお家で練習しよう?」などと言ってしまう。「やだー」と言うと思ったらのゆは自宅に帰るエレベーターを待ちながら「行くよ」などと言いだした。「行くの?フラ?」と聞くと「うん、あとでね」とすましている。お得意の先延ばしであると思いつつ迷うわたし。フラダンスに行くの?行かないの?本当は踊りたいのかな?まだもう少し悩みそう。

 

その手を離さないで

子どもたちの帰宅前に家に着かなくてはいけないと急いで駅から歩いていたら、パン屋さんの床に座り込んでいる女の人と警察官と、座り込んだ女の人に目線を合わせてしゃがんでいるパン屋さんの店員さんの姿が、ガラス越しに目に入った。パン屋さんはお客はまばらで、数名の店員さんが所在なげに立っていた。あっ、と思った瞬間に、パンを買う予定もなかったのにパン屋さんに入っていた。これじゃ野次馬だよ〜、と思いながら、わたしはその女性の顔を確認せずにはいられなかった。人により濃淡はあるがダウン症のある人の顔には特徴があるので似ていないようでもなんとなくわかる。でも全くそう見えない人もいるのでなんとも言えない。全くのただの勘だった。白っぽいジャージのようなズボン、でも高校生とか大学生というには垢抜けない全体的なずんぐりとしたスタイルの服装。スタイリッシュさではなく実用性で選ばれた黒いリュック。あまり手を加えられていない黒い長い髪の毛。障害のある女性が就労施設に通うときによく見る雰囲気。雰囲気としか言えない。なんとなく、障害のある人なのではないかとおもった。だからどうということもできない。もう警察官が来ていたし、その女性が顔見知りの人でもないかぎり、わたしにできることは何もない。顔を見た。知らない人だった。ふっくらとした色白のほほと力のない目線と曖昧な言葉は、やはり障害を持つ人かなという気はさせたけれどダウン症のある人には見えなかった。わからないけど。

 

わたしはバゲット類の棚を一通り見てから店を出た。

 

わたしには何もできないのに。確認せずにいられなかった。何がわたしをそうさせるのだろう。大人になった障害のある女性が、普段は1人で就労先に通ったり、家に戻ったり、買い物をしたりしていても、ふとしたことで思ってもいない状況に置かれたら、パニックになってしまったり、何も言えなくなってしまったり、困ったという言葉では足りないくらい困り切って周りの人にそれを伝えることもできなかったりするという光景はわたしには容易に想像ができた。それはのゆりかもしらない。知らない人でも。それはわたしのむすめかもしれない。胸の奥が絞られるようにぎゅうっとした。

 

どんな人でも。自分の子どもや今こどもだと思っている誰かが、いつかそんなふうに困ってしまうかもしれないと思ったら胸が痛い。心配。何かしたい、手を貸したい。だけどそれとはちょっとレベルが違う。わたしは絶対通り過ぎることができないくらい、今日の光景はなにかが違った。

 

のゆりが中学生くらいになったら1人で学校に通えたらいいなあとおもっている。1人で家に帰る練習もしたいとおもっている。いろんなことをできるようにしたいとおもっている。でもどんなに備えてもこういう危機は無くならない。いつ足元にぽっかりと大きな落とし穴が現れるかもしれない、そんな感じ。そんな気持ちでのゆりを育てている。そんな気がした。

魔法のシンバル

たろう先生がお手伝いで出るコンサートがまたあったので、のゆりと出かけた。くるみ割り人形などクリスマス感たっぷり。打楽器がしもてに固まっていたのでしもて側の前の方の席に滑り込んだ。

 

助っ人打楽器奏者は、相変わらず忙しい。鐘を鳴らしたり、マリンバを鳴らしたりシンバル、鈴、トライアングル、魔法のように駆け回る。先生がシンバルをじゃーん!と打ち鳴らしたら、のゆりがわたしを見てニコッとした。わたしも先生のシンバルが好き、あとタンバリンも!途中で突然シンバルの音が変わったと思って見たら、別の人が鳴らしていて先生は最後列でチェレスタを弾いていた。

 

アンコール曲でパタリとのゆは寝てしまう。起こして、ロビーでパウチのゼリーを飲ませていたら先生が通る。休憩時間にずーっとチェレスタを鳴らしていたので「そんなに音がズレるんですか?」と聞いたら「あれは、こっそり練習していたのです」とニヤリと笑った。

 

のゆりは相変わらず先生が来ても知らん顔の無表情。でも舞台の上の先生をずっと見ていたことをわたしも、先生も知っている。

殻を破る。

家では歌ったり踊ったり1人コンサート状態になることもしばしばなのに外では決して歌わない踊らないのゆり。でもよく考えたら前のピアノの先生の前ではやっていたし個別知育のU山先生の前では運動会の花笠音頭を披露したし、大人との個別でははしゃげるのだけど、どうやらポイントは他のこども、である。先日、放課後デイWから「とても可愛いので見てください」と動画が届き開いてみると、のゆりがハロウィンのための手作りドレスを着て全力で歌っていた!目の前には仲良しの糸ちゃん。思わず糸ちゃんの母Yさんに動画を送り、「家ではいつもこんなだけど外でやってるの初めて見たよー!」と伝えると「わたしもびっくりだもん、のゆちゃんのソプラノボイス!」と返事が来た。心を許せる空間なんだろう、ということで一致する。わたしもYさんもとても気に入ってる事業所なのだ。高齢者とこどもが一緒に過ごす多世代型の放課後デイで、医療ケアの子も受け入れているのでいろんな子がゆるゆると過ごす。最初は職員さんと遊んでいたのゆりも最近はよく車椅子の上級生の男の子や同じ2年生の男の子とよく一緒に過ごしている。

 

今日は母子分離のグループ療育で、迎えに行くと先生が「今日はすっごく体操をやりました!自分が見た中では過去一です!」と目をキラキラさせて報告してくれた。ハロウィンの活動を色々した後にハロウィンのダンスや体操をしたそうで、ノリノリでした!とのこと。これは、殻を破ってきたと思っても良いのだろうか。

 

先週カレン先生というアメリカのPTの先生の個別セッションを受けてから、なんとなく調子が良い気がする。それはセッションの成果というより、セッションにより、家でやるいろんな小さなアクティビティ(朝体を擦るとか)にのゆりが積極的になったことの効果、な気がしている。