夢のような庭だった。芝生にぽつぽつとシロツメクサが咲き、築山には大きな土管の通ったトンネルがあった。大きな木の下には昔ながらのブランコと教室の小さな椅子がぽつんとひとつ、置かれていた。藤棚の下には砂場があって、赤いシャベルが取り残されていた。
「ここに植えられている木は」と、案内してくれている副校長先生が口を開いた。なんとなく、色々なところからいただいて植えましたとか言うのかなーとおもっていたら、「四季を感じられるように植えられています」と続いたのでびっくりした。ブランコの上の大きな木は桜で、それはもう、ほんとうにきれいに満開になります。その隣に枇杷の木があってことしはもう収穫しました、隣は梅の木、それから泰山木です、夏にかけて大きな白い花が咲きます。こちら側は秋に咲く金木犀、ネットがかかっているのはみかんの木でみかんがとれます。また梅の木があって今年はもう収穫しましたね。砂場の上は藤棚で横がぶどうです。実が青いうちはみんな砂場のままごとに使ったりします。」もしかしたら一つくらい記憶から抜けているかもしれない。その時わたしは庭を眺めるふりをしてこっそり、涙を拭いていたから。季節を目で見て肌で感じて知るために庭を作るということ。その愛の大きさにわたしは打たれていた。
季節の行事をのゆりが学ぶのはまさに繰り返しからでしかなく、それも年に一時期しかチャンスがないのでやっと馴染んだ頃にそのシーズンは終わってつぎは一年後、なので螺旋階段のようにしか記憶が積み重ならない。それでも確実に知識が増えていくことにわたしはいつも驚いていて、ある年のハロウィンにのゆりはオバケを知り、次の年にハロウィンという言葉を知り、今でもはハロウィンに仮装をして歩いたりお菓子をたくさんもらったりすることを理解している(そして、大好きだ)。ある年のクリスマスにクリスマスツリーを知り、次の年にサンタさんというものを覚え、いつからかプレゼントをもらうということを知っている。夏は川の冷たさ、夏休みという響き、冬にはお正月とか、雪遊び。これでもかと記憶を刻み込むためにわたしは手を尽くし、のゆりは季節を覚えていく。それがわたしののゆりへの教育だった。障害のあるこどもたちが、季節を知るために庭を作ってくれる学校。天国のような庭を眺めて、どうしても涙が溢れるのだった。
庭入り口には三輪車や自転車が無造作に放り出されている。のゆりが見たら絶対にやりたがるだろう。毎日遊んでいたら自転車だって乗れるかもしれない。今の暮らしに比べて何倍もゆったりした学校の生活を、幼稚園のようだと思ったり、これがのゆりの理解にぴったりな段階なのではないかと思ったり、揺れ動く気持ちで時間割表を眺めた。のゆりが疲れていると言われる6時間授業は、5年生になるまではないようだった。
ありとあらゆる場面でいわるゆ視覚支援といわれる、丁寧な理解のヒントが散りばめられた校内を見た。なくてもできるようになるし…とおもっていたけど、できているように見える(ようになる)ことと、自ら理解してできることは違うのかもしれないと、うすうす、わたしは思っていた。ある程度大きくなると、いちいち指示されるのは嫌になります。視覚支援があれば次に何をくるか自分で理解してひとりですることぎできます。もし固まっていたら、そっとその図を指し示すと、また動けます、と先生が解説してくれた。固まっていたら声をかけます、じゃないんだ。今受けている支援との根本的な違いを知り、通わせてもいないこの学校への感謝の思いが、少しづつわたしを満たして行った。
