わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。

21トリソミー、ダウン症を持つ三人目のこども、のゆりとの日々。きょうだいブログ『あおとわたし』(https://aoinotediary.hatenablog.jp/)も始めました。

洋梨のパローマ

あたらしいふくを着て飲みに行った。隣町に住むNがわたしがインスタにあげた写真を見てミチェラダを飲みたいというので、最近毎月のように来ているメキシカンバー。広くはない店内にテーブル席が縦に3つ、あとはカウンターで、入れ替わり立ち替わり、カウンターに人が来る。タコスを食べて飲んでるひとも、バーとしてお酒だけ飲んで話してるひとも、顔馴染みなのかカウンターで喋り出すひとも、みんな楽しそうで、うるさくなく賑やか。しばらくするとスッと帰っていく。陽気な亡霊たちの溜まり場みたい。わたしはいつも3、4杯お酒を飲んで(テキーラトニックがめっちゃ美味しい)ワカモレ、できればタマレス、必ずタコス。喋りながら食べて飲んで、24時まで(閉店時間)、歩いて帰る。この近くに住みたいなあというとNは、あまり近所でも知り合いがいたりするから少し離れてるくらいが良い、という。そういうものか。Nは生粋の酒飲みなのだ。

 

わたしがいちばん好きなお酒はテキーラ。植物からできているお酒は体に合う人には自然に合う。その場合はきっとその人の体に良いものだと信じている。わたしはあまりワインが飲めないけど、テキーラだとリュウゼツランのエキスをもらっているのだとおもう、体の中に沁み渡るし、そんなに勢いよくは飲まないけど「ごくごく」って感じがする。そこにライムと塩が加わると最高。生きるのに必要な養分が揃う。

 

Nはミチェラダをすごく美味しいといい、わたしが勧めたすだちのジントニックを飲み、わたしと同時に葡萄のマルガリータを飲み、最後に私が飲めないウィスキーを飲んだ。わたしはテキーラトニックからミチェラダでおいかけ、葡萄のマルガリータのあと、洋梨のパローマというカクテルをよく知らずに頼んだら、やっぱり、テキーラのカクテルだった。

あたらしいふく

ホットペッパーグルメでたまっているポイントが月末で切れる、というメールがきたのを機に、行きたかったフルーツ豊富なカフェにマコちゃんを誘った。フルーツたっぷりのローストビーフ丼とパフェを頼もう、と心に決めていたのに、写真を見ると絶対に食べきれないボリュームで、メニューを決めるのに10分悩んだ。結局ふたりでフルーツサンドとパフェをわけあって食べることにした。マコちゃんは「こういうフルーツパフェをたべるの初めて」と言うので「ええ?タカノとか行かないの?」と聞くと「どこにいってもチョコバナナパフェみたいなの頼んじゃうの」と言う。それファミレスでいいよね、みたいなやつ!とふたりで笑う。運ばれてきたパフェはシャインマスカットサンシャインレッドがジェンガみたいに上手に積まれた、ぜいたくなパフェだった。「長女がいたら『イチゴのソースとかかかってる…ぶどうはぶどうで食べたい。パフェじゃなくていい』とかいうんだよ~!」とわたしは言い(マコちゃんは長女のことをよく知っているので想像がつくと言った)、笑いながら食べ始めた。でも食べているうちにうすうす「フルーツは結局フルーツとして食べたほうがおいしいのでは」という気持ちになり(そういえば、大好きな果実園でパフェを食べるときもよくそうおもうのだった!)あらためておもうに、「パフェ」として完成するのには相性がいいフルーツとそうではないものがあり、マスカットは後者であった。チョコバナナパフェはぜったい勝者。イチゴもマンゴーもいける。ぶどうはちがったみたい。

 

駅の上のファッションビルに行ったことがある?とマコちゃんが聞く。ユザワヤにキャンディレイのリボンを買いに行ったことしかおもいだせない。ちょっと行ってみようよ、と言われ、特に買うものもないとおもったけどついていった。下りたことのないフロアで洋服を見ていたら意外と手ごろな価格で、ちょっと羽織ってみたり、手に取ってみたりして、ひさびさの友だちとのショッピングが楽しくなってくる。マコちゃんは店員さんに気軽に話しかけて(けっして押しつけがましくなく、ごく自然な会話のように)教えてもらった情報にすなおに「へえ~!」と頷いている。マネキンが着ていたカーディガンがどんぴしゃでわたしの好みだった。今は冬物は買わないぞ(衣替えがおわっていなくてすでにクローゼットもひきだしもパンパンだ)とおもっていたのだけど結局そのカーディガンと、マネキンがカーディガンの下に来ていた絶妙な白いインナーTシャツまでセットで買う(2点以上の会計で10パーセントオフだった)、さらに、首の周りにぐるりとフェイクパールがついているゴージャスなニットも買った(なぜか半額になっていた)。

 

お店で何かに出会うっていいな。最近個性的な本屋さんを訪れてはおもうことを、またおもう。試着も楽しいし、店員さんやともだちとの会話でパッと気分がかわるのもいいな。お店で買い物するのってたのしいね、とマコちゃんと笑う。一緒に服を買いに行きたいママ友(もはやふつうにともだちだけど)は初めてだけど、何年も買い物してきた相手みたいに自然で、自然であることがうれしかった。この人と出会って数年である(長女が体操教室のスキー合宿でマコちゃんのむすめと知り合った)ということに人生のおもしろさをおもう。おとなになってもともだちってできるってこと。女友達と買い物をする楽しさは中学生の時と変わらないということ。素敵な本屋さんに行くと見たこともない本が読みたい本として目に飛び込んでくるように、良い買い物をする日は、着たことのないような服もチャンスとして目に飛び込んでくること。なにもかも。大事に着よう、とおもい、ついていたスペアのボタンの台紙に、お店の名前ときょうの日付をいれた。

金曜の電話

金曜午前中、学校から電話があった。担任のF先生。いやな予感。今週はのゆりがずっとすごくがんばっていて、調子よく療育に行き、学校でも運動会の練習をがんばっていて、こわいくらいだった。そろそろあやしいかなとおもっていたのだ。先週の金曜もどうもきょうはだめですね、って感じで電話が来て、早稲田で打ち合わせ中だったわたしは給食まではとなんとかたのみ、最近出ているラテンアメリカ講義を諦め、迎えに行った。そのことがおどろくほどわたしにとってはショックだった。残念、ということばでは生ぬるいくらい。無念。いま、週のうちで一番集中しているとおもうくらい好きな時間だったから。

 

迎えに行くとのゆりはRくんとつくえを向かい合わせてにこにこしていて、Rくんは給食ののこりを食べていた。のゆりは全部食べたとのこと。放課後遊びに残すのは無理としても、これなら授業の時程くらいはいられただろうな、今度はそうしてもらおう、と心に決めたのだった。

 

その、今度、がきた。風症状も何もないので「早退してください」とは言えないのか、はっきり迎えに来てとは言われないのも先週と同じ。ただ、朝からトラブルが多い、謝れない、指示が入らない。この状態では大人数の活動に参加できないと思う、次の時間が音楽で…、と先生が言うので、「座っていることはできそうですか」と聞いてみた。以前、1学期のようにかんしゃくをおこしたりすることは少ないと聞いたとき、「そこに座っていることができるなら見ているだけでもいい」というようなことを言ってみたらそのときは先生も「少しそれでやってみましょうか」と言ってくれていたので。今日は「座っていても、指をしゃぶったり服の中に手を入れちゃったり、そういう状態でいるとよくないので」と言われた。そうなんだなあ、望ましくない状態でそこに座れていたとしても「授業中そこにいられたね」というプラスではなく、よくない状態でいたことのマイナスの方が多いという考え。それはじつは、よくわかるのだ。それでも今日はどうしても講義に行きたい。こうして話を聞いていると深刻におもえるけど迎えに行くと拍子抜けすることもおおいのでなんとか今日はやりすごしてもらいたい。どうしても、ゆずれなかった。どうすべきなのかはわからず、その気持ちだけで決めていた。最近先生のやり方に懐疑的な人の意見を聞いてしまったり、こうしてしょっちゅう電話がくるというと誰もが口をそろえて「そんなことで早退させるの?」と言うので、気持ちにゆらぎがでていたのもあったとおもう。死んださかなの目で(ほんとかわかないけど)電話を受けながら「こんなことなら(毎週こういう電話が来るなら)もう、未練なく支援学校に転校しよう」とおもう。

 

わたしが迎えに行けないとわかると先生は「今日は刺激を少なく過ごしたいので、活動には参加せず、という形になりますが」と申し訳なさそうに言って、わたしはもっと申し訳なく「はい、大丈夫です」と言ったのだった。無理に活動に参加してもこういう時はトラブルを起こしがちで、本人も落ち込んじゃうし、他の先生が対応して注意してくださることもあったりして、そういうときはちょっと涙が出たりしてるんですよ、とも、言っていた。トラブルを起こしがちな状態にさせてトラブルや叱られるというある種の「失敗」経験をさせることがプラスにならないこと。たとえ見かけには出なくても、彼らはうまくいかなかったこと、できなかったことに傷つく。むだな傷つきがなんのプラスにもならないことを、先生は知っているのだ。失敗して奮起するというのはまだもう少し、先の話。たぶん。

 

 はたからみたら気づかないようなほんの一瞬の不具合、それでもう自信をなくしたり、怖がったり、なにもかも拒否し始めたりする。それはのゆりがもっともっと小さいときに、療育先で他の子にもさんざん見かけたことだった。何でショックを受けているのかおとながそばにいてもわからなかったくらいの一瞬の何かでフリーズして、あるいはパニックになり、立ち直るのに時間がかかる。ほとんど療育の時間がおわったりする。ほとんど何もできなかった。電車に乗ってここまでつれてきたのに!と親はおもう。先生と話しながら、こういうことを重ねて成長していくとじぶんに言い聞かせる。落胆を抱えながら、こどもを責めるわけにもいかず、しかたなく帰路につく。そんなことが何回あったことか!そういうことを積み重ねてここまできたのだ。少しづつ、かすかなことでは立ち止まらなくなり、あるいはリカバリーが可能になり、切り替えができることが出てきた段階。

 

学校という、大好きだけどよそゆきの空間、みんなが自分よりはるかにいろんなことをさっさとやってのけている場所で、気持ちのパワーが足りないとき、いともかんたんにそのつまづきは起きうるのだろう。だから、無理にここにいるよりおうちでリラックスして過ごしたら、という提案になるんだろうなあ。上級生の子でも、過去の失敗をおもいだして固まってしまうことがあると言っていた。何をおもいだしてどんな気持ちでいるか、のゆりはその説明はできないからわたしたちはきっとくみ取れない。わたしがしらない小さな傷は、きっとのゆりのなかにたくさんある。

 

トラブルから成長していく、というのは健常児子育て手は正解と言われるけどこの子たちにはまだまだそうとも言えないことを、先生も知っているのだとわたしはおもう。やっぱり、信頼できる先生に出会ったのだと。さて、来週からどうするか。金曜パワー切れにならないように調整して過ごす、というのが先生の指導。自分の金曜の学びのために、必死で調整するしかなさなそうだ。

 

トゥシューズの足先

キャンディレイを体中に巻き付けて売り歩いていた子どもたちが立ち止まる。教会バザーにいた人々がみんな輪になって、フィリピンの人たちのダンスを見た。ひらめくスカート、クラシカルなボタンが並んだブラウス、髪につけた花飾り。 花の踊りみたい。のゆりはエメラルドグリーンのfafaの麦わら帽子をかぶって、セシリア・バンセンとUNIQLOがコラボした時のお花のワンピースを着て、ピンクのスニーカーで立っている。首や腕にたくさんキャンディレイをかけていてキャンディの小人みたい。

 

いつでもパフォーマンスを見るのは大好きだ。舞台でも路上でも(テレビだとそうでもない)。気づくと小さな足先が音楽のリズムをとらえて動いていた。カタカタカタカタ、小さな音もする。ピンクのスニーカーのつるりとしたつまさきから出てくる音に、トゥシューズの爪先をおもう。あの、中に鉄板みたいに硬いものが入っているというトゥシューズ(ほんとうかな?バレエに縁がないのでわからない)!音楽を聴いて体が動いていることに感動する。踊りたいのゆり。

 

 前に出て踊れないのゆり、とわたしはいつもおもうけど、この時「一緒にどうぞ」と誘われても前に出るひとは他にもだれもいなかった。フィリピンのちいさい女の子がひとり、見よう見まねで踊り出す。教会学校の子どもたちはダンスの練習もしたんだけど、踊らなかった。ここでもしのゆりが人目を気にせず前に出て踊ったらわたしは「障害児だから周りの目を気にせず前に出る(すてきだけど)」とおもうのかもしれない。他のママたちはそんなこと考えないのかも。踊るのが好きなんだね!前に出れるのいいね!出れなくても、恥ずかしいんだね!そうだよね!って。

いちばんとらわれているのは、わたし。

チャイムで乾杯

支援学校の体験に行った翌日。ぽつぽつと参加しているドラムサークルに来た。輪になって、ファシリテーターのタロウ先生と太鼓を叩くイベントで、時々参加で2年ほど経つけれど、自分の手で太鼓を叩くより、ぬいぐるみのハナちゃんで叩くとが多いのゆりだった。一人一人がカウベルでお手本のリズムを刻むというのも最初はなかなかやらなかったし、みんなの前に出て足や体でリズムを提示するなんて日直で前に出て予定表を読み上げるくらい、難しいみたい。今日も最初はハナちゃんだった。太鼓を叩くのも、カウベルを鳴らすのも。最初は固まって見学していたのだから参加するならなんでも良い。気にせずにいたら、気づくとのゆりが自分の手で太鼓を叩いていた。生き生きした笑顔で、体も椅子の上で飛び跳ねそう。トーンチャイムとハンドベルが配られた。ベル型のハンドベルとどちらがいい?と聞かれたら迷わずトーンチャイムをとる。昨年学校の音楽で、のゆりはベル、他の子がトーンチャイムをやっていたのを思い出す。

 

英語の文字は音の名前です、その下あたりをそっと握って、かんぱいするみたいに上に振って、とタロウ先生が言う。みんなの音が重なる。1時間あまりドンドコドコドコと太鼓の音ばかり聴いていた耳にチャイムの音の重なりが優しい。のゆりはまじめな顔で、キラキラした目で、うでを高らかに挙げている。音で乾杯するように、優しい音をポーンポーンと投げている。

 

迷うことなく参加できるときのこの顔を、まもりたいとおもう。それがいまの支援学級ではないのかもしれない。自信を持って参加できる場にいたら、こんな顔で毎日、過ごせるのかなあ。だとしたら、あらゆる面倒さを超えてもなお、転校させてみたい、と思うのだった。

おたんじょうびの手紙

長女の誕生日ケーキをうけとってかえらなくてはいけないので、そろそろ帰ろうとのゆりに声をかけた。「まだ!おてがみかく」と折り紙をとって体育館の床にへばりつくので、もう少し待つことにした。先輩母の企画する調理実習後の体育館遊びだった。ダウン症のあるこどもたち(といっても大部分はのゆりより年長の)ときょうだいだけの貸し切りの空間。最初はみんなダンス動画を見て踊っていて(ザ・中高生女子という感じ!)のゆりは隅っこで知らん顔しておえかきをしていた。まあ、年長のお姉さんたちとは遊べないだろうし早めに切り上げるか、とおもっていたわたしが、先に帰るともだちを見送りついでに長話してもどってくるとすみっこにのゆりがいない。「あれ?」と焦って見回すとのゆりはちゃっかり小さなラケットを握って、みんなの輪に入っていた。

 最初は数人づつ踊ったりしていたお姉さんたちも、何かで遊ぼうとなったのだろうけど、何をしてあそぶか決まるまでに時間がかかる。まとまるまでも時間がかかる。なんなら話がはやくつくので親を誘おうとする。親たちはそれはきっぱりと断って、友達どうして誘いあって遊ぶよう、話し合いを少しだけサポートしながら、気長につきあっている。そうこうしている時間が功を奏した。1時間以上その場にいて空間に体がなじむように、とけこむように、のゆりはお姉さんたちのそばにいた。結局話し合いがまとまる前に突然始まった宝探しゲームに参加して、走り回って笑いころげて、壁打ちテニスのボールを追いかけて遊び、きづいたらMちゃんと並んで床でおりがみをしていたのだった。

 

手紙を書くというのを待ちながらひとしきり親同士のおしゃべりをし(のゆりの転学相談の話、支援校の話、家で遊びながら数を教えるボードゲームについて)「のゆり、かえるよ~」と声をかけると満足した様子ですんなりとこちらにきた。自分が書いた手紙(象形文字のような文字がほとんど)と、ねえねにあげる、というくるくるに折ったおりがみと、「お母さんへ」としっかりした字で書いてあるマーブル模様の折り紙も持っていた。「これはMちゃんがお母さんに書いたものでしょう」とMちゃんのお母さんに渡すと「お母さんなんていつも言わないのに。お誕生日でもないし。べんきょうがんばってねって書いてあるけど・・・」と笑いながら目を落として「あれ?のゆりより、って書いてある」と渡してくれた。たしかに、「おたんじょうびおめでとう」「べんきょうがんばってね」「いつもありがとう」「なかよくしてね」と連なったメッセージのすきまに、はっきりと、濃い鉛筆の文字で「のゆりより」と書いてあるのだった。「これってMちゃんがのゆりに代わって書いてくれたのかな?」深く感動して私が言い、「お姉さんっていうのがわからなくてお母さんって書いたのかも」とMちゃん母が言った。頭をつきあわせて寝転んで床で字を書いていたけど、こんなやりとりが成立していたとは。のゆりの書きたいことを、Mちゃんが文字にしてくれたのだ。べんきょうがんばってね、ということばはいつも部屋にいる長女を「ねえねはべんきょう」と説明されているのゆりの言葉に違いないのだから。お姉さんたちとは遊べないし、なんておもっていたのはわたしのおもいこみだった。時間が必要だということも、わかっていなかった。のゆりが世界を広げる力、わたしはまだまだぜんぜん、わかってない。

 

代筆してもらった手紙をのゆりにわたすと、とうぜんのようにカバンにしまう。もうすっかり満足という雰囲気で、さっさと靴を履き、体育館を出て行った。

帰宅まで。

 駅から家までの路線バスに乗ると、のゆりはたいてい後ろの方の1人席にさっさと座る。ママはうしろ、とか、むこう、とか指示してくることもある。とにかく1人で座る。1人でバスに乗っている、ということを味わいたいらしい。降りるところに気づくのかな、と毎回わたしは様子を見てる。つい、ひとつ前の停留所で声をかけてしまうことが多いけど、あえて様子を見たりもする。降車ボタンを押すのか、ギリギリまで待つこともある。他の人が押してしまうこともあるし、のゆりが気づいて押すこともある。

 

 このバスは停車直前まで揺れるので、あまり早く立たないように教えている。張り切って支度して立ったりすると、停車の瞬間に勢いよく転がりそうなのだ。結果、割と直前にのゆりはパッと座席から降りて、荷物を持つことになる。座席の上にもうひとつバッグや、カーディガンや、帽子が残っているとき、どうするか見ていると、驚くべき素早さでそれらを回収し、時には口が空いたままのリュックを前に抱えて上にカーディガンを乗せて押さえて、器用にバスを降りていく。決して降り遅れることのないように、その背中は真剣だ。その素早さはなぜかいつもわたしに、小さな蟹を連想させる。忘れ物をせずちゃんと間に合って降りるので、いつも感心してしまう。のゆりが駅の階段やエスカレーターを1人で降りること、改札口を1人で出ること、バスをきちんと降りること。一つ一つをわたしは、ずいぶん確実に見届けている。今日も、のゆりと無事家に帰った。