わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。

21トリソミー、ダウン症を持つ三人目のこども、のゆりとの日々。きょうだいブログ『あおとわたし』(https://aoinotediary.hatenablog.jp/)も始めました。

魔法の庭

夢のような庭だった。芝生にぽつぽつとシロツメクサが咲き、築山には大きな土管の通ったトンネルがあった。大きな木の下には昔ながらのブランコと教室の小さな椅子がぽつんとひとつ、置かれていた。藤棚の下には砂場があって、赤いシャベルが取り残されていた。

 

「ここに植えられている木は」と、案内してくれている副校長先生が口を開いた。なんとなく、色々なところからいただいて植えましたとか言うのかなーとおもっていたら、「四季を感じられるように植えられています」と続いたのでびっくりした。ブランコの上の大きな木は桜で、それはもう、ほんとうにきれいに満開になります。その隣に枇杷の木があってことしはもう収穫しました、隣は梅の木、それから泰山木です、夏にかけて大きな白い花が咲きます。こちら側は秋に咲く金木犀、ネットがかかっているのはみかんの木でみかんがとれます。また梅の木があって今年はもう収穫しましたね。砂場の上は藤棚で横がぶどうです。実が青いうちはみんな砂場のままごとに使ったりします。」もしかしたら一つくらい記憶から抜けているかもしれない。その時わたしは庭を眺めるふりをしてこっそり、涙を拭いていたから。季節を目で見て肌で感じて知るために庭を作るということ。その愛の大きさにわたしは打たれていた。

 

季節の行事をのゆりが学ぶのはまさに繰り返しからでしかなく、それも年に一時期しかチャンスがないのでやっと馴染んだ頃にそのシーズンは終わってつぎは一年後、なので螺旋階段のようにしか記憶が積み重ならない。それでも確実に知識が増えていくことにわたしはいつも驚いていて、ある年のハロウィンにのゆりはオバケを知り、次の年にハロウィンという言葉を知り、今でもはハロウィンに仮装をして歩いたりお菓子をたくさんもらったりすることを理解している(そして、大好きだ)。ある年のクリスマスにクリスマスツリーを知り、次の年にサンタさんというものを覚え、いつからかプレゼントをもらうということを知っている。夏は川の冷たさ、夏休みという響き、冬にはお正月とか、雪遊び。これでもかと記憶を刻み込むためにわたしは手を尽くし、のゆりは季節を覚えていく。それがわたしののゆりへの教育だった。障害のあるこどもたちが、季節を知るために庭を作ってくれる学校。天国のような庭を眺めて、どうしても涙が溢れるのだった。

 

庭入り口には三輪車や自転車が無造作に放り出されている。のゆりが見たら絶対にやりたがるだろう。毎日遊んでいたら自転車だって乗れるかもしれない。今の暮らしに比べて何倍もゆったりした学校の生活を、幼稚園のようだと思ったり、これがのゆりの理解にぴったりな段階なのではないかと思ったり、揺れ動く気持ちで時間割表を眺めた。のゆりが疲れていると言われる6時間授業は、5年生になるまではないようだった。

 

ありとあらゆる場面でいわるゆ視覚支援といわれる、丁寧な理解のヒントが散りばめられた校内を見た。なくてもできるようになるし…とおもっていたけど、できているように見える(ようになる)ことと、自ら理解してできることは違うのかもしれないと、うすうす、わたしは思っていた。ある程度大きくなると、いちいち指示されるのは嫌になります。視覚支援があれば次に何をくるか自分で理解してひとりですることぎできます。もし固まっていたら、そっとその図を指し示すと、また動けます、と先生が解説してくれた。固まっていたら声をかけます、じゃないんだ。今受けている支援との根本的な違いを知り、通わせてもいないこの学校への感謝の思いが、少しづつわたしを満たして行った。

賢者の石、みたいなものたち。

困難にあたった時にわたしがいつもそうしているように、おもいつく限りの頼りになる人びとに連絡をとり、相談をしている。のゆりの今の生活と、来年以降の居場所について。あるいは先生に指摘されている、今彼女にあるなんらかの問題について。のゆりにいま、必要なものについて。

 

あかちゃんのときから通っている事業所の所長とも、幼稚園から小1まで通っていた校舎の先生とも、まだ契約していない事業所のひととも、転学相談の相談員とも、とにかくたくさんたくさん、話している。ひとの言葉の中にはその人が無造作に放り出してわたしには突然目の前に落っこちてきた啓示のような、地図の中の頼りになる目印みたいな言葉がたくさんある。わたしはそれをひろいあつめて、励まされたり浮き足だったりしながら家に帰る。そして学校から帰ってきたのゆりの顔をじっと眺める。歩いてくる姿を遠くからも見る。…大きくなっている!

 

今までと変わらない悩みがあるとしてもそのままの彼女でいていい年齢ではなくなってきている。困ったなあとわたしが感じながら、でもまだ無理なのかなと諦めていた消えないトゲトゲをまあるく抜いてくれ、彼女ができることをためらいなくやれるような、そんな場所をわたしは彼女のために、手に入れたい。夢のような話、とも言えないとおもう。

愛おしき日々

 学内遊び場の入り口にこどもがひしめいている。おとこのこたちの黒いランドセルが岩壁のように立ち塞がり、クリーム色の小さなランドセルを背負ったのゆりは入れずに中を覗いて立ち止まる。わたしが「一度荷物を置いてくるね」とランドセルを肩から外してあげると、羽が生えたように身軽になったのゆりはこどもたちの隙間をするすると縫って入り、そのときにはおとこのこたちは受付の記帳を終えて魔法のように消え去っていた。ここに、なまえをかいて、名字もね、と3年生の欄を指すと、その上にはえんぴつのなぐり書きで「まち」とだけ書かれており、先生が「ちょーっとまちくん!これじゃダメー!フルネームで書いて!」とさけぶ。目の前にいたおとこのこが振り返ると絵に描いたような不満顔で「なんでー!わかるじゃん!」と言い返した。その子の背中にあるのは惚れ惚れするようなきれいな茶色の、ランドセルに見えるランリュックで、わたしはまじまじとそれを見てしまう。

 

 支援級の子は先生を1人増やせる曜日にだけ利用できる、と言うルールがあった学内遊び場だったが、最近みんな全く問題なく遊ぶので、と、そのルールはほとんどないことにされていた。1年生のときは親が付き添いでお願いしたいと言われたのゆりも、面談の時に試しに待たせてもらったらとてもよく遊ぶので「もうひとりでいつ来てもいいよ」と言ってもらった、5月のことだった。

 

 当たり前のように遊び場に入っていって気ままに遊ぶのゆりを見る。室内はおなじ学校のこどもたちでごった返している。愛おしき日々だなあとおもう。ようするにわたしはこの日々を失いたくない。3年生になって縦割りクラスになり、一気にレベルがあがった支援級だった。支援校から来た担任の先生に支援校への転校を勧められたのは、わたしが小さな嵐と呼んだ大きな不機嫌の1週間の最後の日の面談で、タイミングが悪いような、早いような、それからのゆりの進路について考える日々がはじまった。この日々を失いたくない、それはわたし。でもまた同時に、昼間過ごす場所が支援校になったとしても、もし放課後ここに来ることができれば(それもまた、学区という制度に阻まれて色々なやりくりが必要になるが)それはそれで良いような気もして、支援校で得られるものがのゆりにとって生きやすく、過ごしやすくなるための何かだとしたらそれは新しい、希望に満ちた新生活になるのかもしれないともおもう。

 

 愛おしい日々はまだ、馴染みきった毛布みたいに見飽きた愛しさではなく、見るたびに新しい煌めきを見せる光景なので名残惜しくてたまらないのだけど、でもまだ見たことがないものが別の場所にはあるのも確かなので、まずはそれを見に行こうとおもっている。のゆりといっしょに。のゆりがその場所をどんなふうに受け止めるか、たしかめるために。

 

 

ちいさな嵐

ちいさな嵐が吹き荒れている。清里でご機嫌に(というよりむしろ絶好調に)過ごして帰宅して、疲れが抜けないかなとおもいながら始まった今週、火曜日からのゆりは機嫌が悪く、ちいさな嵐を引き連れている。火曜日の朝、なかなか起きないのをひっぱり起こしてご飯を食べさせスクールバスに乗せた。朝のマッサージも体操も割愛。月曜日もそんな感じだった。

 

火曜日ののゆりは、学校の昇降口でランドセルの中身をなげだし、教室のドアをどんどん叩いてなかなか中に入らなかった、そうだ。「過去一番の不調ですね」と先生(と言っても担任の先生とはまだ、4月以来のつきあいなのだけど)。水曜日ののゆりはスクールバスの中の待機時間に靴下とTシャツを脱ぎ、乗務員さんをたいへん困らせた。連絡帳には学校の様子はなにもなくそのことと、「公の場ですので、おちつかないようなら保護者の方に送迎していただくことになります」と書かれていた。水曜日の放課後は1番好きな放課後デイで、それすら「いや!」と朝言っていたのでデイの人に連絡した。「たのしみに、気合いを入れてお待ちします」と言う返信。わたしの心配通りのゆりは送迎車の中で物を投げ出して責任者のFさんに電話が行き、「Fさんがお迎えに来るって」と言われてようやくおとなしくなった、そうだ。そんな話をお迎え時に聞いて、焦るわたし。基本的に問題を起こしすぎたら利用が制限されるのではないか、来ないでと言われるのではないか、学校ですら、転校を望まれるのではないかといつもどこかで怯えているから、「疲れていて」「調査が悪くて」と先回りして誤魔化そうとしてしまうのは、のゆりではなくわたしなのだ。

 

 予想と違ったことは、その送迎車の中の事件を受けて今日はこんこんと、本人とドライバーの先生との話し合いが持たれ、「謝ったりお約束をしたりはできなかったけど、理解はした様子」だったという報告、そして「帰りの支度はさっさとできたんだよね、よくわかったんだよね」と言う、本人への労いの挨拶だった。

 

 いつまで続くんだろうこの嵐は。なにが起きているのか上手く説明してくれない不便さもあってちょっと気弱になる。ご機嫌が悪くても仲良く遊んでいたというイトちゃんのママに愚痴を送ると「清里は良いところだからロスもあるのかもね」と言われる。ロスかあ。疲れてると思っていたけどそうじゃないのかもしれない。ものすごく楽しんで主体的に動いていたのゆり。帰ってきてからの生活には落差があったのかもしれない。その気持ちに、きづいてあげられなかった。また月末に行くので、どんなふうに話せるかなあと、いま、考えている。

まほうのシロップ

よもぎの茹で汁を瓶にそそぐと、かき氷のメロンシロップそのものの色だった。あおいが一心不乱に摘んできたよもぎの葉は、新芽にこだわらず摘みまくったので固い葉やくきが多く、よもぎ団子に適切かどうかはあやしい雰囲気。とりあえず塩と重曹で茹でて水気を切った。残ったのがメロンシロップ色の液体だった。お風呂に入れたら良いという。アトピーに効くという説もある。驚いたことにおっともこどものころからだに塗られたことがあるという(おっとはひどい食物アレルギーでアトピー持ちだった)。神戸から季節ごとにイカナゴやらつきたての餅やら送ってくる義母の知り合いから、よもぎが届いていたのだそうだ。そのせいかボウルに残った緑色の液体をお風呂に入れてと伝えると、意外なほどあっさりとおっとはその液体をお風呂に注いだようだった。あおいがお風呂から出る時にさらにわたしはメロンシロップ色の液体をあおいのからだにぬりたくった。毒だ!毒だ!とあおいが逃げまわる。確かに魔女のお風呂味がある。

 

みんなで夢中で収穫したえんどう豆を、もう3日も食べている。茹でたては皮もパリッとして美味しいし、実を取り出して食べるとお菓子のように甘い。収穫の日は、学校の裏でとったクレソンをサラダにして、豆とチーズをトッピングした。前日にドンキで買ってきたひまわりの種もふりかけた。美味しかった。家では春菊のサラダにしている。ちょっと苦い葉物に合う。

 

大量のよもぎは茹でられてチョッパーで刻まれて冷凍された。大きな固い葉っぱはべつにされ、ベランダに干された。あおいたちが秘密基地作りをしている間、わたしが一人で夢中になって拾ったあおい梅は、今は冷蔵庫でねむっている。梅干しにされる日を待っている。

よもぎ、クレソン、梅、えんどう

大きく茂った畝の中をのゆりのオレンジ色のシャツがチラチラと見え隠れする。

 

ハサミで次々とえんどう豆を切っていく。ぶら下がったそら豆をくるくるとひねってひっぱって、ざるに入れていく。上に向いているのはまだ伸びているやつだから取っちゃだめ。下を向いてるやつ。黒い線がみえるやつ。下の、下の、と言いながら。

 

ざるがいっぱいになったので背負子に入れに行き、新しい籠を持ってきてくれる。畝越しに手を伸ばしてくれたら届きそうなものだけど、自分で届けたいようで「まっててねー!いまいくからー!」と叫んで足場の悪い畝のあいだをよろよろ進み、急な段を乗り越えようとするのをU子さんが手伝ってくれた。

 

豆を取る。

クレソンを摘む。

梅を拾う。

よもぎを集める。

 

 

のゆりがよもぎの天ぷらを口に入れる。天つゆを、ちょんちょん、と言いながらつけて頬張り、「おいしーい」と叫ぶ(そんなものが食べられるとは、とびっくりする)。そのうち、「もういい、のどがチクチクするから」と言って、食べるのをやめた。採りたてのえんどう豆はお菓子みたいに甘かった。

 

 

初めての、日記の本をうります

初めて、日記を本にしました。敬愛する友人たちが編集、デザイン、校正と手を貸してくれて、わたしは文章を書いて話し合って削って書いてまた話し合って書いて直して書いていました。大切な本ができました。

5月5日の文学フリマで販売します!

そして、また書きたいとおもっています!

 

商品情報

『わたしが産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という』

 

わたしが産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。のゆりは生まれたときから心臓に、小さな欠陥を抱えていた。……のゆりの心の動き。のゆりの愛とか生きる力とか伸びる姿を、ひとつひとつ記録するように綴った2025年・夏の日記。のゆりが生まれた日からブログに書き溜めたエッセーと一緒に本にしました。

<基本情報>
書名:わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。
著者:小林あんぬ
編集:横田創
デザイン・校正:平野明
写真:小林あんぬ

発行日:2026年5月1日
判型:B6判、ソフトカバー
ページ:200頁
発行元:リスの朝ごはん

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