金曜午前中、学校から電話があった。担任のF先生。いやな予感。今週はのゆりがずっとすごくがんばっていて、調子よく療育に行き、学校でも運動会の練習をがんばっていて、こわいくらいだった。そろそろあやしいかなとおもっていたのだ。先週の金曜もどうもきょうはだめですね、って感じで電話が来て、早稲田で打ち合わせ中だったわたしは給食まではとなんとかたのみ、最近出ているラテンアメリカ講義を諦め、迎えに行った。そのことがおどろくほどわたしにとってはショックだった。残念、ということばでは生ぬるいくらい。無念。いま、週のうちで一番集中しているとおもうくらい好きな時間だったから。
迎えに行くとのゆりはRくんとつくえを向かい合わせてにこにこしていて、Rくんは給食ののこりを食べていた。のゆりは全部食べたとのこと。放課後遊びに残すのは無理としても、これなら授業の時程くらいはいられただろうな、今度はそうしてもらおう、と心に決めたのだった。
その、今度、がきた。風症状も何もないので「早退してください」とは言えないのか、はっきり迎えに来てとは言われないのも先週と同じ。ただ、朝からトラブルが多い、謝れない、指示が入らない。この状態では大人数の活動に参加できないと思う、次の時間が音楽で…、と先生が言うので、「座っていることはできそうですか」と聞いてみた。以前、1学期のようにかんしゃくをおこしたりすることは少ないと聞いたとき、「そこに座っていることができるなら見ているだけでもいい」というようなことを言ってみたらそのときは先生も「少しそれでやってみましょうか」と言ってくれていたので。今日は「座っていても、指をしゃぶったり服の中に手を入れちゃったり、そういう状態でいるとよくないので」と言われた。そうなんだなあ、望ましくない状態でそこに座れていたとしても「授業中そこにいられたね」というプラスではなく、よくない状態でいたことのマイナスの方が多いという考え。それはじつは、よくわかるのだ。それでも今日はどうしても講義に行きたい。こうして話を聞いていると深刻におもえるけど迎えに行くと拍子抜けすることもおおいのでなんとか今日はやりすごしてもらいたい。どうしても、ゆずれなかった。どうすべきなのかはわからず、その気持ちだけで決めていた。最近先生のやり方に懐疑的な人の意見を聞いてしまったり、こうしてしょっちゅう電話がくるというと誰もが口をそろえて「そんなことで早退させるの?」と言うので、気持ちにゆらぎがでていたのもあったとおもう。死んださかなの目で(ほんとかわかないけど)電話を受けながら「こんなことなら(毎週こういう電話が来るなら)もう、未練なく支援学校に転校しよう」とおもう。
わたしが迎えに行けないとわかると先生は「今日は刺激を少なく過ごしたいので、活動には参加せず、という形になりますが」と申し訳なさそうに言って、わたしはもっと申し訳なく「はい、大丈夫です」と言ったのだった。無理に活動に参加してもこういう時はトラブルを起こしがちで、本人も落ち込んじゃうし、他の先生が対応して注意してくださることもあったりして、そういうときはちょっと涙が出たりしてるんですよ、とも、言っていた。トラブルを起こしがちな状態にさせてトラブルや叱られるというある種の「失敗」経験をさせることがプラスにならないこと。たとえ見かけには出なくても、彼らはうまくいかなかったこと、できなかったことに傷つく。むだな傷つきがなんのプラスにもならないことを、先生は知っているのだ。失敗して奮起するというのはまだもう少し、先の話。たぶん。
はたからみたら気づかないようなほんの一瞬の不具合、それでもう自信をなくしたり、怖がったり、なにもかも拒否し始めたりする。それはのゆりがもっともっと小さいときに、療育先で他の子にもさんざん見かけたことだった。何でショックを受けているのかおとながそばにいてもわからなかったくらいの一瞬の何かでフリーズして、あるいはパニックになり、立ち直るのに時間がかかる。ほとんど療育の時間がおわったりする。ほとんど何もできなかった。電車に乗ってここまでつれてきたのに!と親はおもう。先生と話しながら、こういうことを重ねて成長していくとじぶんに言い聞かせる。落胆を抱えながら、こどもを責めるわけにもいかず、しかたなく帰路につく。そんなことが何回あったことか!そういうことを積み重ねてここまできたのだ。少しづつ、かすかなことでは立ち止まらなくなり、あるいはリカバリーが可能になり、切り替えができることが出てきた段階。
学校という、大好きだけどよそゆきの空間、みんなが自分よりはるかにいろんなことをさっさとやってのけている場所で、気持ちのパワーが足りないとき、いともかんたんにそのつまづきは起きうるのだろう。だから、無理にここにいるよりおうちでリラックスして過ごしたら、という提案になるんだろうなあ。上級生の子でも、過去の失敗をおもいだして固まってしまうことがあると言っていた。何をおもいだしてどんな気持ちでいるか、のゆりはその説明はできないからわたしたちはきっとくみ取れない。わたしがしらない小さな傷は、きっとのゆりのなかにたくさんある。
トラブルから成長していく、というのは健常児子育て手は正解と言われるけどこの子たちにはまだまだそうとも言えないことを、先生も知っているのだとわたしはおもう。やっぱり、信頼できる先生に出会ったのだと。さて、来週からどうするか。金曜パワー切れにならないように調整して過ごす、というのが先生の指導。自分の金曜の学びのために、必死で調整するしかなさなそうだ。