わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。

21トリソミー、ダウン症を持つ三人目のこども、のゆりとの日々。きょうだいブログ『あおとわたし』(https://aoinotediary.hatenablog.jp/)も始めました。

母、山へ行く。

のゆの一泊宿泊はうまくいき、翌日迎えに行って一度帰宅して、3日目はみんなが泊っている高尾に送っていった。別に2泊すればできるのではないかな、と思ったし、帰ってからも元気だったので「ぜったい2泊できたよね」とわたしは何度も家族に言ったけど、まあ、先生にも慣れが必要ってこと、と思うことにしている。3日目は9時半からプログラムが始まるというので、9時5分に高尾駅のでバスに乗る計画。学校に行くより少し早いくらいの出発で事足りるので、意外と大したことはなかった。その日は、わたしは絶対高尾山に行こうと決めていた。思いついたのはのゆが宿泊にでかけ、わたしがちゃき(大崎清夏)からもらったチケットでKAAT(神奈川芸術劇場)に行った日の、朝だけど。のゆの見送りに行けるとも知らず(わたしが泣いた一件)、最近よくするように、森のような公園を歩いていてふと、こどもが帰ってくるまでに戻れる登山をするのもいいかもなあ、と思ったのだった。もともとは全く興味がなく、自然学校の人たちとおしゃべりするのが楽しいからたまに登山企画をやる程度だったのに、人はわからないものだ。数日森のような公園を歩いただけで、こんなことを考えるとは!そして、ああそうか、今度高尾に送るんじゃない、じゃあ高尾山にひとりで行ってみようかなと、思いついたのだった。

 

高尾に行く日も前のも、朝から雨だった。前日に「高尾山 雨」で検索すると、1号路は道幅も広く傘をさしても余裕だという雨の高尾山レポートが出てきた。曇った景色は雲海のようで美しい。雨の森は好きなので迷わず、雨天決行とした。ポンチョじゃなくて傘でOKというのも散歩じみてて、ますますよい。山好きのちゃきにも、はじーにもラインしたら、ちゃきは一緒に行きたいくらいだし、今度ぜひ行こう、と言ってくれ、はじーはきっと寒いから防寒着をそろえるようにと教えてくれた。そうでもなかったら絶対出さなかったヒートテックのインナーにロンT、山用のアウター、リュックの中に念のためフリースとポンチョを入れた。傘は、景色がよく見えるようにビニール傘にした。家の近くはかなり降っていて肌寒く、のゆは長靴にパタゴニアのジャケットを着せたので、まるでアウトドアに出かける親子みたいな格好になった。

 

高尾までの電車はそこそこ人がいたけど、国分寺あたりで急に空いたのでのゆは車両の端の3人掛けの椅子に座って外を見ていた。頬づえをついたりして、なんかアンニュイな感じ。だんだん緑が多くなってくる。高尾駅につくと、改札の外におしゃれな喫茶店があった。ちいさなロータリーには黒塗りのタクシーが1台とまっている。昨日もこどもを送った同級生のママは、雨だと駅までこどもを送ってきた人たちが帰っていく車で高尾駅からの道がすごく混んで大変で、タクシーで行ったと言っていたけど、その朝はがらんとしていた。予定通りのバスに乗り、15分には現地に着く。支援員さんが「あ、のゆりん!」と声をかけてくれたり、上級生がすぐに近くに来てあれこれ話しかけてくれたりする。担任は「すみませんね、いろいろお手数かけて。2泊目にわりと、体調崩す子が多いものですから」とわたしを見ると、言った。のゆはほかの子より手がかかるからということろだろうと思うけど、たしかに疲れてはいたはずなので、1泊の体験ができたのは、よかったかも。今日も送ってきていたもう一人のママと、帰りの27分のバスに飛び乗る。わたしが、「せっかく来たから高尾山に行く」と話すとその人も、「なかなか来ることがないので昨日は駅の反対側に行ってみた」と言った。Keioストアとかあって、町でした、と。向こうが住宅地なんだねえ、と話して、子どもたちの話や、幼稚園の時の話、今度学芸会だけどうちはたぶん何もしない、と言う話をしたら彼女も「うちもですよ!」と言い、ひとしきり幼稚園の時の劇の話などして、「そこにいるだけでがんばってるよね」とわたしは心を込めて、言った。

 

駅で彼女と別れ、一駅乗り換えて高尾山口へ行く。なんとかケーブルカーを使わずに上りたいと思ったが、2時半に子どもたちが学校に帰ることを考えると時間が案外ぎりぎりだったので、まずケーブルカーに乗ることにする。帰りは歩きたいと思い、片道切符。乗り場には最初、3人の年配の女性グループしかいなくて、にぎやかにおしゃべりしていた。わたしはがらんとした前方のガラス前を陣取って外を見ていたら、、あとから人がどんどんきて、箱はすぐに、いっぱいになった。雨と霧の中をケーブルカーは進んでいき、とてもきれい。歩いて上ると50分だというところをケーブルカーは数分で到着してしまう。ケーブルカーを降りて展望台から霧の立ち込める森を眺め、薬王院に歩き出した。雨の中の深い緑や、お寺の朱色や、さまざまな木々は、とても美しかった。雨の日はわざわざ窓を開けたくなるくらい好きな雨の音も、もちろん、ずっと聞けた。何を考えることもなく、ただ歩いた。ところどころにある、「鼻」「耳」という石灯籠(というのだろうか?)をみつけたら、石の球を触り、のゆの鼻がききますように、耳がよく聞こえますように、といちいち祈った(「目」はあっただろうか?見落としたかもしれない)。どこで立ち止まって写真を撮ったりしても、ひとに追い越されることもない程度のぽつぽつとした人出だった。薬王院も雨で空いていて風情があるが、ここで長居しなかったのは時間的には正解だった。おみくじも素通りする。そのままあっけなく頂上に着くと、人はまばらで、ほとんどの店が閉まっていた。少し端の方に一つだけやっている店があったので、早めのお昼として、とろろそばを食べる。お店の人たちは若い子たちで「ここで働いてるとまじでばかばかしくなるわ」みたいなことをそこまで深刻そうでもなくふざけてでもなく話している女の子の声がして「あと3時間」と言っていた。あと3時間のシフトなのかな。1号路は車が通るというけど仕事の往復はどうやってくるのだろう。どこに住んでいるのかな。まったく、わからない。そばもとろろもおいしかった。生でのっているウズラの卵の黄身が、食べている間に行方不明になり、終盤でまたひょろんと表面に浮かび上がってきたのがおもしろかった。もう見失わないように割らずにそのままれんげですくって食べたら、濃厚な味がする。こんなふうにウズラの卵の黄身の味を感じたことって、あまりない。時間があまりないので、食べ終えてトイレに行って降りようと思ったら、ビジターセンターについ立ち寄ってしまい、てぬぐいに惹かれてお土産コーナーに行く。「鹿の角」というきれいなピンバッチがあった。これはあおいに買わずにはいられないなあ、と思い、結局、のゆにちょうちょ、あおに鹿の角、じぶんには「ムササビの食痕」と言う穴の開いた葉っぱのピンバッジを買った。一つ700円くらい。かりんには、なにかお菓子を買って行こう、と思う。広報誌をもらって、意気揚々と、1号路を下山した。下りを調子よく歩いたもので、途中で膝に負担がかかっていることに気づく。気づくけどどうしようもなくて、小股で歩いてみたら、よい感じだったので、そこからはずっと、ちょこちょこと小股で進んだ。「ひとり高尾山」みたいなパンフレットをネットで見たとき、自由に行動できるのが一人登山の魅力、と書いてあったけど、それは本当にそうで、写真を撮るのに立ち止まるのにもいちいち断らなくてもいいし、断らずに写真を撮って小走りに合流する必要もない。トイレに行きたいときに行けばいいし、食べたいときに食べればいい。ただ、わたしはとてつもない方向音痴なので、いまのところ高尾山くらいだな、と思う、安心して歩けるのは。下っているとき「意」という灯篭をみつけ、おおこれは大切だ、とのゆの意思と認知の健やかさを、よくよく祈る。驚いたことに、歩いて降りる1号路にもまた、「身」という灯篭があった。ケーブルカーやリフトで降りたら知らなかった。のゆ、あお、かりん、みんなが、健康で、元気な体ですごせますようにと祈った。ついでに、自分も。最近は運動しようとしてどっか痛くなるとかそんなことばかりしていて、(1,2年前はめっちゃハードなバイクエクササイズを突然始めても何も問題なかったのに!)突然、中年ですよ!という顔をし始めた体をもてあましているので。じっさい、下りの山道で足が痛かったし、先が思いやられる。と思っていたらとつぜんふわっと足が軽くなり、何かと思ったら道が平らになり、どうやらほぼ下山してしまったようなのだった。

 

少し物足りない気もちをもちつつ、ケーブルカーの前の広場のお土産屋さんをのぞいて、むらさきいろのかわいらしい顔のモモンガのクッキーを、かりんに買った。かりんはクッキーがとても好きなのだ。そう言い始めたのは、ここ1年くらいのことだけど。それから、あおの幼稚園時代に高尾山に来た時に教えてもらった焼き栗の、中の袋を買う。リュックに入らないのでお土産のビニールを下げてプラプラ歩くことになった。結局お団子を食べられなかったので、帰り道でふかしてある高尾山饅頭を一つ、店先の椅子で食べた。暖かいほうじ茶をいただき、胃袋まであつい液体が通っていく。

 

大きな公園のウォーキングから派生した高尾山はとても愉しかった。でもやっぱり1号路でいいから歩いてのぼってみたいし、できたらつり橋のある4号路も行きたいし、もっと慣れたら(こどもたちは遠足でとっくに行ってるけど)6号路もいきたい。来週にでも行きたい、すぐ行きたい。とはいえ帰りの時間がいつもタイトになるのでしばらくは、スケジュール帳と相談だなあ、と、帰る電車ではもう、次のことを考えていた。いつかこどもたちと…とはあまり思わないけど。危険のないところで一人でぶらぶらするのがいまのわたしにはちょうど良いようだ。

でも、「意」も「身」も祈ってきたからね。のゆはきっと大丈夫。