わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。

21トリソミー、ダウン症を持つ三人目のこども、のゆりとの日々。きょうだいブログ『あおとわたし』(https://aoinotediary.hatenablog.jp/)も始めました。

祭りの夜、イチゴの電球サイダーボトル

 この夏うちをリフォーム工事することになり、いろいろと不自由なので宇都宮の祖父母が住んでいた家に泊まりに来た。こどものころ、母とわたしと妹は夏休みや正月をたいていここで過ごしたなじみの家だ。祖父はここで倒れて、救急車で運ばれそのまま亡くなった。祖母はそのあと数年は一人で暮らして母が通っていたけど、最後は東京のわたしの実家のマンションの近くの部屋に住み、やはり母が行き来して二重生活をして(冷蔵庫が二か所にあるのでどこになにがあるかわからなくなると言ってしょっちゅう同じものを二回買ったりしていた)看取った。

 

 今はだれも住んでいないこの家は、処分するのかと思いきや、母だいぶ力を入れて整備していて、母の兄である伯父が宇都宮の職場に行くときに寝泊まりして使っている、とは聞いていた。リフォーム工事する夏の間に借りようと思ったウィークリーマンションが想像を超えて高額だった時にこの家のことを思い出し、家族で宇都宮の家に滞在しようと思いついたとたん、実は内心すべてが億劫だったリフォーム計画も急に楽しみになったのだった。郷愁の力はすごい。それからのわたしはこの滞在計画をまっとうすべく、リフォーム工事のために部屋を空ける(どうにかしたい部屋を力づくでどうにかするのに、まずその部屋のものをすべて外に出して明け渡さねばならぬという根本的な矛盾!)作業にいそしんだ。物を運んだり片付けたり売ったり譲ったりを必死でやった。なんとか工事にたどり着き、工事の人が行き来しながらわたしたちも生活する(生活スペースはビニールを張ってくれて目隠しとほこりよけになっている)ことにも慣れた頃、やっとここへやってきたのだ。母と妹も来てくれた。

 

 昨日は宇都宮の大きなお祭りだった。こどものころ、いつも長期滞在していたわたしたち家族と違って、母の姉の家族はお祭りの週末にたいていやってきた。こどもが5人集まり、庭で遊んだりお祭りに言ったり外食したり庭で花火をしたりした。お祭り自体がすごく楽しかったのかどうかは定かではないけど、いつも綿あめを買ったし、宇都宮の中では雑貨屋とか古着屋とかがそこそこ集まっていたオリオン通り商店街を歩くのなどもいつも楽しみだった。商店街の入り口には当時ですらだいぶ珍しかったのではないかと思う、花火だけの小さな店があったのも覚えている。

 

 昨日見た宮祭りは、記憶の中よりずっと大規模で立派だった。神輿の数は北関東一だとホームページ情報。お囃子も231の団体がそれぞれの流派で奏でるとも書いてあり、大通りにはお囃子がずらりと並ぶのだけど、みな同時に演奏するのだからどこの音がどれだか素人には到底わからず、何重にもなったお囃子がただただ祭りの雰囲気を盛り上げる。花梨が神輿見物の合間に二荒山の参道の屋台でチョコバナナを買い、あおいはシロップかけ放題のかき氷屋台でかき氷ににブルーハワイとコーラをかけている間に、のゆにジュースでも飲ませようと思っていたら、「電球ソーダボトル」というギラギラした屋台が目に入った。ミニオン、マイクラ、くまのぷーさん、イチゴと言う様々な透明のボトルが無節操に光りまくり、屋台中を埋め尽くし、ボトルを注文するとその中に飲み物を入れてくれるというもの。イチゴのボトルは、薄いピンクのイチゴの形のボトルが濃いピンクにキラキラ光り、レトロな赤い立体イチゴのチャームが付いていて、ストローは赤白のストライプ。ほかのキャラクターにもたいして興味のないのゆ、わたしの勧めるままに、イチゴのボトルにオレンジジュースをいれてもらった。ソーダは抜きにしてもらったのだけど「電球ソーダボトル」と言う名前がどことなく、怪しげで良い。何となくお祭りの夜感があるし、ソーダと言うのは特別な幻想の香りがすると思ったら、それはきっとサイダー好きだという宮沢賢治のイメージと、森見登美彦の小説に出てきてわたしが一度も飲んだことがない「電気ブラン」と言う飲み物のイメージなのだった。

 

 のゆはイチゴのボトルをもらうとすごい勢いでストローを吸い出した。白いキツネのお面をひっかけ、白地に金魚のもようの浴衣を着て、金魚みたいなオレンジ色の兵児帯を締めて、きらっきらの電球ボトルのジュースを勢いよく飲み干すのゆ。そのお面はお面好きのあおいが昼間から目をつけていたもので、ベネチアの仮面みたいな、顔半分を覆うタイプのキツネあるいは猫の形の仮面で、そこにサンリオキャラクターのモチーフが上手に書き込まれている。一つ千円のそのお面を、のゆとあおいそれぞれに買った。あおいは黒に紫の模様のクロミデザイン。のゆは白地に赤いモチーフのキティちゃんデザイン。浴衣と甚平でお面をつけた二人は祭りに迷い込んだ小鬼か何かの様にしか、見えない。祭りの夜なら、そんなこともありそうだ。なにしろ、祭りの夜は、人間の大人たちも子連れも、連れられたこどもも、町中がよっぱらったみたいに上機嫌。夜なっても大通りではたくさんの連がよさこいやさまざまの踊りを披露して練り歩いていた。

 

 祭りの終わりを告げる空砲が立て続けになったころ、わたしたちは家に戻って庭で花火をふりまわしてハートに見える写真を撮ろうと苦心ていた。結局、いつ買ったかもわからないこの家にあった古い花火も、ドン・キホーテで多めに買った煙少な目花火2パックも、ぜんぶやってしまい、最後に庭に入念に水を撒いてから家に入った。

 

 朝になったら驚くほど朝露がおりていたようで、これならあんなにぬらさなくても火事にはならなかったかな♪という楽し気な母の声で、わたしは目を覚ましたのだった。