のゆりのピアノの日だった。
前回は1曲目を先生とセッションして、電池が切れたようになって終わったのだけど、今回はそれが4曲続いた。そのあとやっぱり電池が切れて、眠いです、と全身で訴えるような雰囲気になったけど、ほめられても真顔で耐えてあとでにやりとするような、そういうのゆりのなんらかの性質が全力で発動されるのがこのレッスンのようなので、ほんとに眠いのかな、どうかな、とわたしも先生も手探りになる。先生はひととおり、のゆりのお気に入りの歌を様々にアレンジして弾いてくれて、わたしは一緒に歌い、のゆりはわたしの膝の上でまるくなっていた。先生のアレンジとピアノの音がすばらしいので、わたしはちっとも退屈しない。先生は、「この前より、たくさん弾いたね!あと三回くらいやったらすっごく変わりそう」と喜んで、「この前より手元を見てくれてる!」とまた喜びながらピアノを弾いた。先生の音はいつも喜びにはずんでいる。大きな舞台で(わたしがみたのは、杉並公会堂で)ティンパニーをたたくときも、小さな部屋でキーボードをならすときも。喜びではねているのが、その手つきから聞こえてくる。目で見ているのだけど、聞こえる。
好き勝手に楽器をならすことならできるのだけど、こうして決まったタイミングで(指示をされて)音を出す、ということはのゆりにとって何か大きなハードルがある行為であることは間違いない。みんなの前で名前を言うなんてその極地で、この数年療育でも幼稚園でも学校でも、機会はたくさんあるけど言えたことはない。一見関係ないようだけど、曲に合わせてピアノの鍵盤を押す、ということが、みんなの前で名前を言う、ということに、続いている気がする。表出行為として地続きだ。
そんなところで立ち止まらなくても、ダウン症がある子どもたちだって、先生の声に合わせてにこにこピアノを弾く子もいるし、みんなの前で名前を言ったりしゃべったりできる子もいる。のゆりのそれはダウン症ゆえではなく、のゆりの中の何かがダウン症と言うものに寄って強められている結果、だと思う。彼女がしたいこと、ほんとうはできること、は彼女の中にキラキラとたくさん見え隠れしていて、(彼女のおしゃべりが一番それを私に伝えてくれる)それを阻む何らかの障壁があって、それはダウン症だから、ではないのだけど関係はしている。その障壁を少しづつやわらげることが、わたしがこの数年取り組んでいることで、すべての療育はそのためと言ってもよい。その障壁がなくなったら。わたしがいつも「いいなあ」と思う、最初からピアノを躊躇なく弾いたり、みんなの前に出て何かするのが好きだったりする子たちと同じように、そのキラキラを自由に発揮できるようになるのではないか?もしかしたらキラキラの大爆発もあるかもしれない。その時彼女はどんな顔をしているのだろう。
想像するとどうしても、もうすらっとして大人びた顔をしたのゆりがこちらを見ているイメージしかわかない。小さいうちは、当分無理と言うことか。それでも、その少女はとても美しい。そんな日をめざして、少しづつ少しづつ、わたしはその障壁を溶かそうとしている。砂の壁を削ろうとして、毎日、少しづつ水をかけるように。